九州日仏学館について
九州日仏学館の創設初期を知る貴重な証言として、当時この施設で活躍された橋本政子さま、藤島美哉さま、
また福岡日仏協会会長の高藤冬武さま、そのご夫人であり福岡大学名誉教授でもあるエレーヌ・ド・グロートさまの
ご協力を得て、設立の経緯をたどることができました。直接お話を伺うことのできなかったすべての声も、
かつての活動に刻まれた記憶を通じて確かに今に息づいており、その記録は学館の歴史を紐解く我々の探索を豊かにしてくれています。
創立当初の九州日仏学館は、旧裁縫学校・ミッシェル・デザイン・スクールの一角に入居し、
開館からしばらくの間は、質素ながらも温かい雰囲気に包まれた空間で活動を続けていました。
1980年代に入ると、講演会、展覧会、シンポジウム、コンサート、そしてさまざまな芸術的企画が次々と開催され、
学館は次第に九州の文化的生活に欠かせない存在として定着していきました。
その後、いくつかの移転を経て、2002年から大名地区に落ち着き、
カステラの老舗企業・福砂屋 の所有する粋な建物の中で活動を続けています。
この福砂屋の変わらぬ支援は、今日に至るまで学館の活動を支えています。
当初から、意欲ある人々が九州日仏学館の活気を形づくってきました。
現地で採用された人々は、運営、広報、文化活動の企画を担い、その献身がこの学館の精神を紡いできました。
これら献身的な人々とともに、フランス外務省から派遣された歴代の館長たち――
詩人ジャン・ペロール氏や作家ミッシェル・ルイヨ氏など――が、
それぞれの戦略的な構想と感性をもって学館に息吹を与えました。
誰もがそれぞれの方法で、この場所を出会いと対話の空間へと育て上げていきました。
1982年、九州日仏学館は、福岡市とボルドー市の姉妹都市提携において重要な役割を果たし、
それは、文化と学術の分野で豊かに発展していく交流の礎となりました。
昨日から今日へ、これまでの年月を通じて、九州日仏学館は多くの地域の方々の支援に支えられて歩んできました。
中でも、長年の後援者であり、福岡初代フランス名誉領事を務めた末永直行氏の存在は欠かすことのできないものでした。
そのような支えのもと、学館は翼を広げ、フランスの思想・芸術・社会を代表する人物たちを数多く迎えてきました。
ミッシェル・フーコー、ナタリー・バイ、ジャック・シラク、ドミニク・ド・ヴィルパン、ダニエル・ミッテラン、
ジャック・シャバン=デルマス、アラン・ジュペ、エマニュエル・トッド、ドミニク・メダ、エドゥアール・ルイ、
イヴァン・ジャブロンカ――そのほかにも多くの方々がこの場所を訪れました。
これらの出会いの一つひとつが、現代フランスと日本との対話をさらに豊かにし、深めてきたのです。
九州日仏学館における語学教育の成功は、一度として絶えることがありませんでした。
1975年の創立以来、3万人を超える受講生がこの学館の扉をくぐり、フランス語への愛情を胸に、
その学びの豊かさと奥深さをともに分かち合ってきました。
情熱あふれる講師陣による指導のもとで伝えられているのは、単なる言語としてのフランス語ではなく、
真のフランス的な生き方そのものです。言葉の優雅さ、思考する喜び、文化への探求心、
そして、心を開く姿勢と対話を楽しむ精神。九州日仏学館は、まさにそれらを日々受け継ぎ、育み続けているのです。
このように、授業を重ね、世代を超えて受け継がれる中で、フランス語は福岡において、
人と人とを結び、永続する友情と多大な発見をもたらす交流の言葉であり続けています。
九州日仏学館は、半世紀にわたり、好奇心、創造、そして交流を礎として築かれた
日仏対話の活力を体現してきました。
情熱をもって歩みを続けるスタッフの力、そして信頼を寄せてくださる多くのパートナーの支えにより、
この学館は年を重ねるごとに、両国の友情を息づかせてきたのです。
この五十周年という節目は、九州に根ざした長い歴史を讃えると同時に、
その絆と協力を新たにし、さらなる形で発展させる機会でもあります。
変化の速度が増し、世界の輪郭が描き変えられていく今、
私たちに求められているのは、大胆に変革へ挑む勇気と、
共有された未来の確信のもとで、この関係の意味を見出し続けることなのです。
九州日仏学館、半世紀にわたる日仏対話の歩み
活発なシネクラブから…
…九州日仏学館の誕生へ
創立期の熱意
志ある人々の冒険の途中
世界へと開かれた持続的な歩み
生き続ける遺産、そして未来へのまなざし